Field Letters|フィールド便り

サルの“国勢調査”

投稿者:川添達朗
調査地:三陸復興国立公園(金華山)
期間:2019年11月19~22日

 日本では、5年ごとに、日本に居住しているすべての人および世帯を対象とした国勢調査が実施されています。これは、国内の人口や世帯などについて調べられる、国の最も重要かつ基本的な統計調査と位置付けられています。野生動物の研究においても、同様な統計調査は非常に重要で、調査地に生息している動物種やその生息数、年ごとの変動を調べることは、行動生態学的にも社会学的にも大きな意義があります。とはいえ、国勢調査のようなアンケート調査を行うことができない動物が相手となると、なかなか一筋縄ではうまくいきません。調査エリアを設定し、直接観察のほか、糞などの痕跡調査やカメラトラップを利用しての個体数推定を行うことが一般的な方法です。

 私がニホンザル研究の主な調査地としている、三陸復興国立公園内の金華山は、面積およそ10km2の小さな島です。ニホンザルは他の動物に比べ、直接観察が比較的行いやすいうえに、島の狭さ、柱状節理が発達した海岸部を除けば、どこでも歩くことができるという地の利もあり、ここに生息するニホンザルの個体数調査は、直接観察によって行われています。金華山のサルを長年調査してきた研究者が、毎年11月と3月の同じ期間(11月23日頃と3月20日頃)に、山を歩きまわって群れを探し、一日中、群れの動きについていき、1頭1頭の性・年齢を確認しながら個体数を調べていきます。

 金華山ではこのような体系的な調査を、個体数一斉調査(一般的には、センサスcensusとよばれます)と称し、1982年から毎年おこなっています。実に、40年近くにわたって、金華山全域を対象に、群れの数、群れごとの個体数や性年齢構造、出産数が調べられてきているのです。金華山に生息するニホンザルの寿命は約20年なので、これまでにほぼ二世代分のデータが蓄積されていることになります。一部の群れでは、サルの顔や体の特徴で1頭1頭を見分ける個体識別によって、家系図も作られています。この家系図からも、1頭ごとの寿命や、生涯出産数など、貴重な情報を読み取ることができます。

 餌付けされていない野生霊長類を対象とした、これだけの規模のデータは、世界中探してもほとんどありません。長期調査によって、群れの分裂の過程や、群れごとや金華山全体のニホンザルの個体数変動(専門用語では、個体群動態population dynamics、といいます)、出生率、死亡率が明らかになってきています。現在、金華山には、6群、約250頭のニホンザルが生息しています。個体数は過去20年の間、200~300頭の範囲で推移していますが、近年はやや漸減傾向にあり、今後も注意深く推移をみていく必要があるでしょう。

 私も、初めて金華山を訪れた2002年以降、毎年2回の一斉調査にほぼ毎回参加してきました。2019年11月19~22日に、個体数一斉調査に参加するために、およそ半年ぶりに金華山を訪れました。今年で18年目となり、この島のニホンザルのほぼ一世代分を見てきたことになります。初めて会ったときにすでにオトナだったサルはいなくなり、まだ赤ん坊だったメスたちは子どもを抱いています。最近では、以前のような長期調査の機会は減り、顔なじみのオトナたちは、急に現れた私に対しても、「あら、あなたね」という感じで何食わぬ顔ですが、コドモたちは、見慣れない不審者の私から一目散に逃げていき、一抹の寂しさを感じるとともに、調査を続けていく必要性をひしひしと感じました。

 私が観察している群れでは、2000年代初めにオトナメスの死亡が相次いだり、生まれる子どものほとんどがオスだったりして、群れの個体数が半減するという事態が起きました(ニホンザルではオスは成長すると群れを出ていくので、新生児にオスが多いと群れの個体数が減っていきます)。群れの消滅も危惧されましたが、その後、順調に回復し、現在では約30頭で推移しています。同じ群れを長く見ていると、何がきっかけで群れの個体数が増えたり減ったりするのか少しずつですが分かってきました。その詳しい話は、また機会を改めて紹介したいと思います。